修羅場

238: 名無しさん@HOME 2013/03/08(金) 12:02:36.23 0
小6の時の修羅場。
私が昼間一人で家にいたら、見知らぬ若いちょっと綺麗な女性が訪ねてきて
お父さんの知り合いですといった。平日なのでいるわけ無い。待たせてもらうと。
紅茶を出すと私に話しだした。お父さんとお付き合いさせていただいている、
あなたのお父さんが言うには、お母さんとは別れると、お嬢さんも捨てると。
もう相手が何を言っているのかよく分かる歳だったので、呆然となりながら黙って聞いてた。
そこに母が帰ってきて、女性が挨拶した。ご主人とお付き合いさせていただいていますって。
母が「え!?たかし(仮名)さんと!?」って言ったら女性が
「たかしさん?」
家のあたりはゴッチャゴチャした住宅街で、隣とうちは住所が同じ。家は背を向けた形で建っていて、
玄関は反対側にあった。そしてうちは面倒なんで表札出してなかった。
隣には私と歳が一個しか違わない女の子がいた。
まあだからって普通は家を間違ったりしないと思うが、その女性はよほど興奮してたのかも…愛人宅に乗り込むわけだもんね。
失礼しましたって出て行ったけど、その後三年くらいしてお隣は引っ越していった。



226: 名無しさん@HOME 2013/03/08(金) 11:39:10.15 0
修羅場
今で言うなら搾取担当だったんで、高卒と同時に就職
成績は良かったらしく、学校と親戚には大概反対されたが母曰く「この子(私)は見込みが無いから稼がせる」でバッサリ
気付いたら3歳下の妹から残りの弟妹の学資は全員自分担当、ついでに男の尻追っかけて家出したクソ母の借金も私が返済
グレーゾーンなんてない頃で、会社に見知らぬオッサンが給料差し押さえに来て会社の労組から自己都合退職しろと脅された
その後パチプロ→ホストクラブの裏方→風俗の客引き→テキ屋の見習いと流れて(支払い関係はつきまとった)最終的には体を売るか内臓売るかタコ部屋に入るかの三択
タコ部屋に入って数年間全国をウロウロ、同じ日本なのにこんなに生命の安い場所があるって知らなかった
完済したのか憐れまれたのかは知らないが、30歳直前に突如解放
ここから社会復帰するまでが修羅場だった(ある意味ここまでが前提、苦笑)

バブル崩壊後に高卒で職歴が書けないからニート扱い、筋力・体力は異常にあるが持久力がない、免許皆無なのに実技ならとりあえずなんでもできる
面接で追い返そうととんでもなく低い条件提示されても、目を輝かせてそんなに頂けるんですかと言うようなキチガイ相手に各社の面接官も修羅場だったんじゃないかと想像
結局風俗関係でウロウロしてた頃の知人の会社にお世話になり、昨年会社が解散するまで勤めてた
今は一応小金持ちなので、再就職先探しながらはじめてのんびりした生活をエンジョイ中

ちなみに他の弟妹はクソ母から私はタヒんだものと聞かされて信じてると知人から聞いたのが一番の痛快事
4人とも国公立大出ておきながらこの程度かよと笑いが止まりませんでした
タカられるのが嫌なので会いに行くつもりはありませんが

以上乱文失礼しました


213: 名無しさん@HOME 2013/03/08(金) 11:25:49.91 0
フェイクあり、怪我注意

小学生の時、家族旅行で海外に行った中にオプションで離島シュノーケリングツアーっていうのがあった
本島から船で十分くらいのところでお昼食べたり泳いだりしてたんだけど、その後ガイドさんが案内してくれた所にはサメ
といっても大きなサメではなく1メートルあるかないかくらいで人は襲わないという
ちなみにみんな同じ海に浸かってる。海面が大人の膝丈くらいで足元をサメが6匹くらい泳いでた
餌付けができます!とガイドさんがにこやかに鳥肉やらスイカやらをボタボタ海面に投げるとサメがユラっと近づいてきて食べる、そんな感じ
私達親子も餌を貰って投げてワイワイ楽しんでたんだけど、気付いたら右手をサメに咬まれてた
もうその時の感覚覚えてないけど周り阿鼻叫喚、わたしもパニック
どうにかしてサメを引き剥がして私達親子だけ船を出してもらい救急病院へ

結果緊急手術で右手を24針ほど縫ったけど結果指もげてないし肉もげてないしごくごくふつーに動くのでお医者様の腕に感謝
でも咬まれた位置があと一センチズレてたら小指なかったと後で聞いた時はゾッとした…

しかし手術中に心細いからと母に付き添ってもらい挙句
「針刺す時言って!わたし怖くて見れないから針刺す時言って!!」
と手術の実況中継させられた母も修羅場だったろうと思うお母さんごめんね

ちなみにその後三日ほど旅行工程残ってたけど普通に三日とも楽しんで帰国しました


153: 名無しさん@HOME 2013/03/08(金) 00:39:09.19 0
ここの書き込み見てると大したことないんだろうけど、高校3年から二十歳ごろにかけてが人生最大の修羅場続きだった
ちょいちょいフェイクありますが投下、長文すまん

受験生になり志望校がある程度固まってきた時
親からはひたすら「県外に出るのなら国公立、私立に行きたいなら県内にしろ」と言われ続けた
本当は隣県の私立にすごく行きたい大学があったけど、上記のことをことあるごとに何回も何回も繰り返し言われ泣く泣く断念
隣県の国公立に第一志望を決めるも担任からは、「お前この前の模試で××大学第一志望って書いてたけど、本気か?ww」と笑われたのがまず第一の修羅場
努力は最大限したけど模試の結果も伸びることなく、その上センターで滑りまくったので国公立には行けず、浪人も許してもらえなかったので、表向きは「自分の意思」で地元のFラン私立に進学
高校時代はなまじ成績が良かった方なので「何で私はこんなところ(Fラン私立)にいるんだろう…」などと考え始め、燃え尽き症候群も発症し講義中に涙が止まらなくなり不登校→中退
とここまでが第二の修羅場
毎日何をするでもなく、夜にちょろっとバイトに出るだけであとはボーッとしたり泣いたり寝たりを繰り返して過ごしてた
ら、弟が「県外私立」の大学に進学決定
もうこの時点で頭がどうにかなりそうだった
どういうことなのか親に問いただしても、
「弟の大学は就職に強いって高校の先生が言ってくれている」
「県内私立に行くのはもったいない」(弟は理系で、理系の県内私立はFラン以下)
「それにあんたは 自 分 で あの大学に行きたいって言ったんでしょ?」
もう意味がわからなかったから考えるのをやめたのが第三の修羅場
ちなみ弟は受験期間も勉強せずPCでようつべ、ニコ動三昧してた程度の残念な奴
この時は本気でタヒのうと思った

今はアルバイトだけど、精神的に安定できる非常に恵まれた職場に拾ってもらった記念にカキコ


94: 名無しさん@HOME 2013/03/06(水) 20:25:17.53 0
祖母が若いころの話。お隣の家がすごい子どもを虐待する家で、そこんちには女の子がいたんだけど
顔はいつも腫れてて目がどこにあるからわからないくらいだし、頭もぶよぶよしていたらしい。
毎日必ず女の子が泣き叫ぶ声が聞こえてて、祖母がたまらずお隣の家の奥さんに虐待をやめるように頼んだら
「ぶちコロすぞ!」と叫ばれたそうだ。ご近所の方もみんな心配してたけど、戦後まもなく、子どもを守るような体制が
とれておらず、虐待とかいう言葉も浸透していなかったらしい。
その子はガリガリで、手足が曲がっていて(骨折?)まっすぐ歩けず、耳は難聴ぎみで話しかけてもあまり会話にならなかったそうだ。
あるとき、ひどい虐待が庭で行われて、祖母はお隣の垣根を越えて助けに行ったんだって。
すると、不法侵入で祖母は警察につかまってしまった。むろん、すぐ釈放されたけど。
その女の子は、その日の夜に二階から転落タヒした。事故だったので親は一切おとがめなし。
今でも祖母は悔やんでいて、私が小さいころは、その子を思い出して泣いたりしたらしい。


54: 名無しさん@HOME 2013/03/05(火) 14:29:17.10 O
やっと落ち着いてきたので書かさせてもらう

子供の頃、父親の愛人に頃されそうになったのが最大の修羅場
母は専業主婦でいつも一緒に居てくれたのだけど、その日は電話かかってきた直後に私に留守番を頼んで出て行った
数分後にピンポンが鳴り、父の部下を名乗る女性が
「お父さんにお家で待ってるように言われたから入れて」とインタフォンごしに言われたので家に入れた
まだ小1、2くらいだったのでどうしたらいいか解らず客間に通して一緒に座ってたら
いきなりブツブツ言い出したかと思うと鞄から包丁取り出して
「あんたがいるからあの人別れてくれないのよタヒねタヒねタヒね!」とか絶叫し始めた
包丁も手当たり次第に振り回して、テーブル挟んで座ってたから無事だったけどかなりの恐怖だった
すぐさま逃げて、でも動転してたからか外じゃなくて自分の部屋に逃げこみ、ドアに鍵が無いのでどうしようどうしようと考えてる間にその女が部屋に侵入
パニクった私は勉強机に飛び乗って、窓を開けて脱出した…んだがこっからの記憶が全くない

実を言うと↑の記憶自体昨日まで忘れてて、昨夜包丁落として足に刺した瞬間にいきなり思い出した
スリッパ越しだしナマクラ包丁だから足は大した事無かったんだけど、
いきなりこんなこと思い出したのがかなりショックだったのも修羅場

今思い返してみたら、小1、2くらいの頃に周りから腫れ物に触るみたいに扱われてたなーとか
いきなり吐いたり倒れたりしてたのはこれの影響だったのかなーとか思ったりする

結局両親は私が小5の時に離婚、父は数人いた愛人の1人と再婚した…らしい
父のことはいつからか大嫌いで話題を聞くのも嫌だったから曖昧なまま没交渉
母にこの事について聞いてみたいが、10年前に鬼籍に入ってるので誰にも聞けないw


44: 名無しさん@HOME 2013/03/05(火) 10:16:15.99 O
何となく思い出したが、数年前路上に散乱した書類を拾ったら中に7桁以上の金券があった。
勿論その日寄り道せず、警察署に持っていった(交番が少ない田舎なもので)
手続きしたが、礼に来て貰うのも住所説明面倒なので電話して貰って向かったらそこに男性が二人いた。
一人が5万を礼金として差し出したが、個人的にはそんな礼をされるようなことじゃないと思って断ったが押しきられた。

恐らく、もう一人が上司で、これ自腹だな。と思って受け取って帰ったが、これ確実に彼の修羅場。


7: 名無しさん@HOME 2013/03/04(月) 12:32:15.46 O
付き合っていた彼氏とのことがバレた後が修羅場。

大学で初めて彼氏ができたので、浮かれて地元の母に報告した。しばらくして母が上京、一晩私の下宿に止まることに。昼間は素知らぬ顔で大学生活の近況を聞いてくるだけだったが、夜私が寝た後に本性を現した。
カバン、クローゼット、本棚などを探し回り、私の手帳を見つけて勝手に読んだ。そこには彼に指輪をもらったこと(勿論婚約指輪ではない)、クリスマスを一緒に過ごしたこと、この日は泊まりにくることなどが簡単に書いてあった。これで母、激怒。
朝起きたら急に説教が始まった。「学生なのにふしだらな」「男を泊めるなんて」「そんな奴とは別れなさい、あんたの体目当てに違いない」等々言いたい放題。私は唖然として言われたい放題。

最後には私の携帯を奪って「娘に近づくな」と彼に送信。情けないが、私は親をここまで怒らせることをしてしまったのか、と泣くしかなかった。

続きます。


231: 名無しさん@おーぷん 2014/11/09(日)15:33:03 ID:u9ZMHmBSU
旦那の勤めていた会社が倒産した時の話
倒産して稼ぎが止まり再就職がまだ決まっていない旦那
更に新築の住宅ローンがどっさりと残っており旦那の目から光が失われていた
でもそのローン実は返そうと思えばすぐに返せた
実は結婚前に旦那には黙っていたけど親族の遺産(詳しく言えないので省くけど)で
私の通帳にかなりの額が分け与えられて居た。
就職先を焦って探そうとする旦那にその事を話し、ローンこのお金で返しちゃうから
落ち着いて出直そう!と伝えたら思いがけない旦那の一言が
「その金は嫁の金だ。嫁が好きなときにつかってくれ」
と元気無い癖にニコッと微笑んでくれた
「家族二人で買った家だし俺自身の稼ぎでローンを絶対返す」
と言う旦那は、再就職に成功し以前の職場に劣らない稼ぎをするようになった
好きなことに使えと言ったこのお金だけど、旦那がローンを返し終えたら旦那にすべてあげようと思ってる
私が働きに出ると言っても
「大丈夫、稼ぎは俺に任せて嫁は家を守ってくれればそれでいいから」
と言ってくれた旦那への責めての恩返しだと思ってる


223: 名無しさん@おーぷん 2014/11/09(日)12:27:30 ID:jPx39cl05
昔話。中学生くらいで絶賛反抗期だった頃、ひいばあさんの百歳の祝いがあった。
当時は「大人なんてクソ」「女ってものは~」と語りたがりで、毒舌なのがカッコイイと思っていた
ちょうどツービートとか流行って、たけしの毒舌が人気あった頃だった

1つ上の仲のいい従兄がいて、彼も同じく絶賛反抗期だった
ひいばあさんの祝いなんて中学生には退屈でいつもの通り自分は従兄と話していた。
当時はまだネットなんてなくネットみたい「女は寄生虫~」とかそんな研ぎ澄まされた毒ではなく
「女は楽でいいよな」「寝て食ってりゃいいんだから」「選挙権を剥奪せよww」とかその程度。
「女は寝て食ってりゃいい」は特に従兄お気に入りのフレーズだったためちょっと声が大きくなった。
そしたらひいばあさんが怒り出して、怒りで気分が悪くなって退席
大叔父(マザコン)も「祝いの席を台無しにした!」と怒り俺と従兄一家は祝いから追い出された。

ひいばあさんの家は貧しく、上の姉が売春宿に売られたりしていたらしい。
女が寝ているだけで食べられる時代なんかなかった、と怒っていたとあとで聞いた。
ドラマ等ならそこで反省して改心するんだろうが、自分も従兄もハア?としか思わなかった。
「ひいばあさん本人が売られたわけでもないのに怒るのは筋違いだろう」と親に言うとさらに怒られ
メシ抜きの刑にされた。
当時は子供で、正論であっても何でも口にすることが正しいわけじゃない、と知らなかった。

それ以後ひいばあさんには一度も会っていない。半年後くらいに死んだ。
葬式は大叔父に名指しで「来るな」と言われたので出席しなかった。父親は出席したはず。母はどうだったか。

先日法事があり、甥が似たような言動をとっているのを見て不快に感じ、
不快になった自分に気づいて「俺は大人になったんだな」と思い、思い出した昔話。
でもあのときの大叔父のように怒鳴る気にはなれなかったので、聞き流した。
俺以外も誰も怒っていなかった。おだやかな時代になったなと思った。


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