修羅場

302: 名無しさん@HOME 2013/04/07(日) 01:43:47.55 0
書き込むの初めてなのでサゲ?られてなかったり読みにくかったりしたらすみません。
何年も前、学生の頃の話です。

・家族構成は、両親、兄×2、自分
・父親が脱サラ→起業するも多額の借金こさえて低収入。なんとか利息だけ返済。
・母は高(中かも知れない)収入。一家の大黒柱だった。元金の返済は主に母。

家計を母に支えてもらっているにも関わらず、父親は「俺は家族の為に頑張っている」と
自己評価ばかり高い。「もっとしっかりしろ」と諫める母に対して「冷たい」となじるような馬鹿殿具合でした。
母は馬鹿殿を見かねて専業主婦からパート→社員→役名付きになったすごい努力家。
子供3人それを理解しているので、そんな母を罵倒する父親を毛嫌いして空気扱い。
ある日、発端の詳細は忘れてしまったのですが父親に対して今まで我慢して静かでいた
兄の怒りが爆発。息を荒げて木刀を持ちだして(剣道部でした)父親を打ち据えようと
しました。しかしあまりの怒りに体が震えていたのか、振り上げた瞬間木刀が手から
すっぽ抜けてしまい、近くの窓際で勉強していた自分に向かって飛んできました。
幸い木刀は当たる事なくうなじの後ろを横切っていきましたが、直後に真横の窓ガラスを
破って外に飛んで行くのが見えてぞっとしました。
当たっていたら首や頭だったろうと生きた心地がしなかったのが、目下最大の修羅場です。
少し前に、やっと母が逃げ回っていた馬鹿と離婚できたので、記念に書き込みました。
夜分に微妙な修羅場体験談、失礼しました。



152: 名無しさん@HOME 2013/04/03(水) 14:40:54.63 0
小学校1年の頃、自室で寝てたら夜中息苦しくて目が覚めた。
姉と二人二段ベッドを使ってたんだけどうちの姉、真っ暗な部屋が苦手だったから部屋の電気ちっちゃいのだけ点けてたんだよ。
(オレンジ色の豆電球?見たいなヤツ)
だからうっすら部屋の様子が見て取れたんだけど仰向けに寝てた私の上に黒い影。ビックリして飛び起きようとするも重くて動けない。
子供の頃って夏休みの時期になると心霊特集のTV番組が大量に放送されててその日も丁度姉妹揃ってgkbrしながら観てたんだ。
だもんで咄嗟に頭に浮んだのが『幽霊が胸の上に乗ってる!!!!!!!1!』
当時から目が悪くて(0.1)眼鏡無いからシルエットしか分からないし、テンパりながら眼鏡に手伸ばしたのはいいけど指で弾いてどっか飛んでっちゃうしもうパニック。
そしたら二段ベッドの上の段で寝てた姉が私の泣き声に気付いて、ハシゴ降りてくれればいいのに不精して、上段から私のほうを覗き込んだ。
ぼんやりした視界の私の目に映ったのは長い髪を垂れ下げてこちらを覗き込む、辛うじて人間だと分かるシルエット。
幼い私は二階建て一軒家に響き渡るほどの声で絶叫した。

すわ泥棒かとバッド片手に娘の部屋に乗り込み電気をつけた両親が見たのは
上段ベッドから下段の方を覗き込んだまま私の悲鳴に硬直する姉とベッドに仰向けになったまま手をばたつかせて大泣きする私の姿、それと
私の胸の上できょとんとしたキョトンとした顔をした、父の知人宅から貰ってきたばかりの子犬だった。

子犬は玄関に寝床を作ってあげてそこに寝かせてたんだけど、どうやら家の中を冒険しているうちに階段をよじ登り子供部屋に到着、
ベッドもよじ登って私の胸の上に上ったあたりで力尽きて眠ってしまったらしい。
因みに兄も居るんですが階下の両親は気付いたのに薄いカーテン一枚隔てただけの隣室の兄は全く騒ぎに気付かず朝まで熟睡してたw

以上、生涯やんちゃだった愛犬の命日で家族で墓参りに行った際に話題にあがった、我が家の修羅場ですた。


241: 名無しさん@HOME 2013/04/05(金) 16:12:26.07 0
父が生きていたら修羅場だった。私は両親は私が高校と大学時代に亡くなり、祖父母も既にいず卒業から一人でやってきた。

そんなに社交的でもないし、喪だし、このままただ働いて死ぬのかと覚悟していら墓のある寺から連絡が来た。
両親の墓に参りに来た女性がいて、その人が私に会いたいと言っていると住職さんは言っていた。

その人が母が父と結婚する前に生んだ私の姉。
本当かどうか分からないので(財産目当てどそう言うのが時々あるらしい)住職さん立会いのもとに会ってみたら若い頃のお母さんそっくりの女性がいた。

私の姉に当たる人は、母が結婚前に生み、小さな頃知り合いに養子に出した人だった。
結婚して養父母が亡くなり私に会ってみたかったんだって。
自分と血が繋がった人なんかいないって思っていたから嬉しくつい泣いてしまった。

姉とは幸い気も合って時々連絡取り合ったり、法的なことを何かと助けて貰っている。
二人とも一人っ子として育ったからいきなり長年暮らした姉妹にはなれないけど、仲良しだし一人じゃないって心強い。

父は多分知らなかったと思うけど(自分の死後の私の行く末を大変心配して、頼れる知り合いの名前を教えてくれたけど姉の名前はなかったから)、知ったら大変だっただ。


151: 名無しさん@HOME 2013/04/03(水) 13:54:40.39 0
ふと思い出したので投下。
数年前のこと。
自分はエビアレルギーがあるんだが、
目上の知人との食事でエビ入りのご飯が出た。
普段は蕁麻疹が出る程度だったのと
知人の手作り料理をふるまわれており、
全く手をつけないわけにいかない状況だったので少しだけいただいた。

自宅に帰った後、猛烈な吐き気と腹痛、息苦しさに襲われて倒れた。
一人暮らしだったので、朦朧とする意識の中、救急車を呼んだ。

上の異変の際に衣服を汚し、
着替えようとしたまま倒れていたため
救急の方にほぼ下着姿、吐いて荒れた部屋を見られたことを思い出すと
当時まだ若かったため、心の中が修羅場。

その後の病院で、若い女医さんに
「なんだろうね?原因がわかんないなぁ」
と放置され、アレルギーを訴えたら
「とりあえずそう言うなら抗アレルギー剤うってみる?
わかんないし、よくなるかもよ?」
といい加減な対応をされ、点滴をうち損じられ、両腕がパンパンになるも
「あー、かわいそうなことになっちゃったぁ」
と笑いながら針を差し替えられた時に
投薬を間違えられたら死ぬかも、と覚悟したのが第2の修羅場。

アレルギー持ちかも?という方は
ぜひ血液検査をおすすめします…。


51: 名無しさん@HOME 2013/04/02(火) 12:27:19.09 0
フェイクは入っている

その出産のとき、私は初めてではなくて、予定帝王切開で手術日が決まってた。
横のベッドの人(Aさん)は私よりも年上で初産、優しそうな旦那さんが毎日見舞いに来てくれてて
何くれとなく奥さんの世話を焼き私たち同室の人に愛想もよく
待ちに待ったお子さんの話を嬉しそうにしてて、いいご夫婦で羨ましかった。
うちの長女にも親切で、おなかの子が女の子らしいということもあり、
「うちの子もこんなに可愛いよい子になってくれるかしら?」なんて言われて
とても仲良くなっていた。

手術日、昨晩から断食して準備し、「頑張ってね!」と言ってくれた奥様に手を振って手術室に入った。
おなかをぐにぐにされて無事出産、そのまま麻酔効果で眠った。
目を覚ましたときはNSの横の処置室で、そこで一日過ごし、翌日から母子同室に移される予定だった。
その晩、横の病室がばたばたとあわただしくなった。
しかし自分は産後と言うこともあり大変眠く、誰かが産気づいたかなぁ頑張れ、とのんきに思ってまた寝た。
次に目を覚ましたのは明け方くらい。横のベッドからの声に気付いて目が覚めたのだとすぐに解った。
誰かがすすり泣いてる…
細かな嗚咽の間に入る呪詛(言ってる本人への)、赤ちゃんへの侘びなどから「そういうこと」だと気付き、
麻酔の残る腰が痛くてたまらなかったが寝返りも打てず、鬱々と3-4時間過ごした。
そのうちに泣いてるその人がAさんだとわかり、何ともいえない気持ちのまま眠れもできずに朝を迎えた。
このときが第一の修羅場。


19: 名無しさん@HOME 2013/04/01(月) 22:51:51.21 O
長いと言われたので分けます

かなり昔話だけどふと思い出したので投下

幼稚園くらいの時の話。
近所に夫婦で切り盛りする飲食店があって、そこの娘さん(以下A子)と年が近かったから、たまに一緒に遊んでいた。
店が休みのある日、昼からA子の家で遊ぶことになって(店の2Fが住居)、はじめはいろいろやってたんだけど、飽きてきて店の前でシャボン玉をやることになった。
風がちょっとあったからかシャボン玉はよく飛んだ。
二人してテンションが上がってしまって、「もっと高いところから飛ばそう!」となり、2Fのベランダへ。
A子は手すりギリギリまで上がって高く飛ばした。
それを見て負けず嫌いな私は、「もっと高いところに乗ってA子よりも飛ばしたい!なんか台みたいなのないかな?」と言った。
するとA子が「これに上ったら?」とガラスの水槽(空)を縦置きしたものを指差した。
それならA子より高い!と大喜びした私。絶対頭弱かったと思う。
そして躊躇なく右足を乗り上げた途端、バリバリバリー!と音がしてガラスが割れて足に突き刺さった。
声を上げたか覚えてない。とにかく痛すぎてなんとかしなきゃとか、あー人んちのもの壊しちゃったとかいろいろ考えてて頭の中が修羅場。
とりあえず水槽から足抜いて、自力で階段降りて店抜けて玄関まで向かおうとした。とにかく早く病院行かなきゃと思ってたんだと思う。
歩きながら店の廊下に点々と血痕残してて、あーやばいお店汚したと思ったのも覚えてる。


28: 名無しさん@HOME 2014/09/10(水) 17:48:03.64 0
中学生の時、校外学習とか何とかで知的障害者の学校(?)に行った。
目的は、そこにいる子たちとお話したり遊んだりして、交流することだったと思う。
知的障害とは言っても、大声を出すとか予想外の行動をするとかは全くなくて、
むしろとても静かで表情もなくしゃべることもなく、何しにきたんだろうという感じだった。

職員の方に、その子たち(10歳前後の男の子2人くらい?)をトイレに連れて行ってと言わた。
でも、トイレに着いても、その子たちは突っ立ってるだけ。
こっちは一応女子で、男子トイレにいるだけでも微妙な気持ちw

えっとどうすればいいの?とおろおろしてたら職員が走ってきて、
いきなりその子たちの股間に指を突っ込んだ。
突っ込みつつ、こちらを叱りつけてきた。
「こうしないと濡れてるかどうか分からないでしょ!!」って。

その後も何か言われたと思うけど、全く覚えていない。
今になって考えてみれば、自力で排泄の管理が出来ない子だったんだなとは思うんだけど、
それにしても普通の、女子中学生が、他人の股間に指突っ込むとか有り得ない。

修羅場ではあったけど、そこで叱られながらも、その子たちの股間に指入れなくてよかったと思う。
もし言われるがままに指突っ込んでたらと思うと、本当にぞっとする。


656: 名無しさん@HOME 2014/09/02(火) 10:15:40.25 0
数年前に新興住宅地で隣家が火事になった
娘と二人でパニクッて硬直していたら知らないお兄ちゃんが
「お手伝いしますから大切な物だけでも持ち出したほうがいいですよ」と声を掛けてくれた

玄関から一緒に入る時も「靴は脱がないで」とか落ち着いた声で色々指示してくれた
何回か往復したら電気が切れて真っ暗になった
その時も落ち着いた声で「ここまでですね、落ち着いてゆっくり出ましょう」と言ってくれた

外に出たら消防が来ていて放水を始めているのに気が付いた
娘とへたりこんでいたらお兄ちゃんの姿を見失っていた隣家は全焼で我が家は外壁が燃え
内側にも水が入った

お兄ちゃんにお礼が言いたくて探しても顔も覚えていないし
全然見つからなくて探すまで1年かかった
近所の家に来ていた親戚のお兄ちゃんだった

先週末にいつのまにか娘がそのお兄ちゃんと付き合っていると聞いて修羅場を思い出した


680: 名無しさん@HOME 2014/09/03(水) 15:45:56.45 0
数年前、一人暮らしをしていた私の兄が、実は割と有名な小説家であることが分かった。
ちょっとした郵便物がキッカケだった。
それから、どこから嗅ぎ付けて来たのか、親戚中が私の家に金の無心に来るようになった。
これが兄が誰にも言わなかった理由だと分かった。
最終的には、親族という親族を片っ端から縁を切ることになった。
その時はかなりもめた。
親戚のクソジジイがお父さんに掴みかかってきたり、家にイタズラされたりとか、毎日が修羅場だった。

それまで親族は、ごく普通の付き合いだった。
金は人を変える、もしくは人の本性を露呈するものだと、嫌というくらい分かった。


710: 名無しさん@HOME 2014/09/04(木) 17:22:53.89 0
母が事故で急逝した時に日記のようなものを見つけてしまった時。

日記(というよりやり場のない気持ちを書き殴っている感じ)の内容
・なぜだかわからないけど(私)の事が好きになれない、というか嫌い
・生んでしまったからにはきちんと育てなければいけない、嫌っていると気付かれてはいけない
・上の2人と態度が違うと嫌っているというのがわかってしまうので
(私)にどこまで厳しくして良いかわからず
つい(私)を甘やかしてしまっている気がする
・早く巣立って欲しい
・帰省が終わった、態度には出さなかったと思う。
などなど

ケンカもしたこともあるけど、普通の親子だと思っていた。
風邪をひけば看病してくれて、金銭面でも差別されたこともなかったし、
進路など相談に乗ってもらったこともあった。
どこにでもいる母親だったと思う。
私が結婚して家を出るまで邪険に扱われた事もなかった。
結婚後もの帰省も里帰り出産もやさしく受け入れてくれた。
母が亡くなってしまった今となっては真偽を確かめる事もできないけど、生きていたとしても
確かめる勇気なんてなかったかもしれない。
母の死後抜け殻の様になってしまった父親が元気を取り戻した頃、
「母が死ぬ前に一度だけ意識を取り戻して、ノートを見つけたら読まずに捨ててほしいと言っていた
何か心当たりはあるか」
と聞いてきた。知らないとだけ答えた。

日記を読んだ当時は1人で修羅場だった。


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