前編 中編 後編

1 賢治:04/05/11 16:00 ID:jr6EUfZN
その年の桜もまた綺麗だった・・。
いや・・ただ格別に忘れられぬ桜となったからそう想うのかも知れない。
すべてはあの日から始まったのだから・・・

「私、出て行こうと思うんだけどいいかな・・」
後部座席ではしゃぐ子供達の声をかきわけるように耳にとびこんで来た・・
「出て行くって・・子供達はどうするんだよ」
動揺をはっきり認識する前に即座に投げ返した。
「子供はみんな置いて行こうと思うの」

窓の外を走る桜並木をじっと見つめながら妻が言った・・
「そうか・・・そうだろうな」
努めて感情を押し殺しながらそう答えるのが精一杯だった・・。
今の自分はどんな顔をしているのだろう・・
心の動揺を抑え、自分の自尊心を守るべく冷静に会話を続けよう・・そう考えながらハンドルを握る手に力がギュッと力が入った。
・・・・・三十代半ばで向かえる人生の転機であった。





3 賢治:04/05/11 16:22 ID:jr6EUfZN
一歳になったばかりの末娘を抱き上げながら
「お母ちゃんな、この家を出て行くらしいぞ」
そう子供達に事実のままに伝えた。
そうしようという事だけは決めていた事だが一人々々の顔を見る事は出来ず・・ わけもわからずはしゃぐ末娘をあやすフリをした・・。
「えっじゃあもう・・お母ちゃんと会えなくなるの!?」
と次男坊が反応した。一瞬七人の子供の眼が・・末娘を高く抱き上げる私の横顔につきささった。
「そんなわけはないよ。会いたい時には会いに行けばいいし・・お母ちゃんがいいっていうなら泊まりに行けばいいさ」
極々日常の会話の様に普通にこたえた。

6 大人の名無しさん:04/05/12 07:25 ID:f1fAkyVD
「そんならいいやぁ」
「そうだね」
「お母ちゃん、どんなとこに住むんだろ・・」
子供達の反応は意外ではなかった・・・。
しかし先ずはホッと胸を撫でおろした。

通代(みちよ)は母親としては失格であった。
第一子である長女が産まれても母性が持てず・・
一歳を過ぎるまでただの一度も赤ん坊を風呂に入れる事もしなかった。後に夫婦で言い争いになると・・よく私はこの事を持ち出した。
「大体お前は愛代(まなよ)が産まれてから一歳をすぎるまで、ただの一度も風呂にも入れなかったじゃあないか。いつもいつも俺がどんなに遅く帰って来てもそれから・・風呂にいれてやったんだ!」
「ああもう!そんなん言われるんだったら一回ぐらい入れとくんだったわぁ!」
そんなやりとりがよくあった・・。

7
 賢治:04/05/12 08:07 ID:f1fAkyVD
浜松に越した時だった・・
「いいか、今までみたいに仕事場に近くないからな。これからはお前が子供達の朝飯をつくるんだぞ、いいな。」
それまでは朝食の用意から始まった私の毎日であったが・・
生活環境が変わるのを機に少し、楽な人生を目論んだ。
しかし「やはり」と言うべきか、それはあまりに淡い期待であった。

小学校二年になった長女と年子の長男を起こした。
「早く起きないと学校に送れるぞ父ちゃんはもう仕事に行くからな・・。」
そう言うと長女は弟の方を向いたまま涙ぐみながら
「お父ちゃん、やっぱり朝ごはん食べてから学校行きたい!」

8
 賢治:04/05/12 08:30 ID:f1fAkyVD
「だっていつも朝ご飯、ないよ・・・新治(しんじ)一年生なのにかわいそうだよ・・」

隣で寝ほころける通代の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「なんだお前は!朝、子供にご飯やってないのか!」
するとその剣幕の私に眼も向けず、
「あんたら!父ちゃんに何言ったん!」
と、子供達を睨みつけた。

ああ・・駄目なんだ、通代に何を期待しても駄目なんだ。
引っ越し先で入学したばかりで、環境がガラリと変わった上に朝御飯もなく通学途中でグズる弟を想い・・母親から固く口止めをされたにも関わらず直訴した長女を抱きしめて
「よし、じゃあ父ちゃんがつくるからな学校に行く準備しな。」
しかし・・・
「ちゃんと毎朝、飴あげてたじゃん!」
と投げ捨てる様に言った通代は悪びれた様子もなくまた眠りについた。
平成11年の四月の朝であった。

9
 賢治:04/05/12 11:31 ID:K+xCHLhG
平成13年五月・・・
東北育ちの私には、この時期の静岡の日差しは既に常識から外れていた。ヒリヒリする頬をつたう汗を拭いながら私達は座っていた。
仕事の絡みでまたも越して来たこの街の・・
中央公園の小高い所に見事な藤の弦があり、その下の東屋に並んで腰掛けジッと前を見つめていた。
隣に座っているのは家を出た通代の父親である。

一部上場企業の役員であったこの人はやはり人格者であり、本来であれば娘と添い遂げる道を選択しようともしなかった私を責める事をしなかった。

10
 賢治:04/05/12 12:56 ID:Tr97XjAR
「子供はみんなうちで預かろうと思てますねん」
切り出されたがその話には最初から自分の中で結論を出していた。
「うちの女房は・・みんななんて預かれへんで半分にしぃよ・・言うんやけどな・・そうもいかん思てなぁ」
更に言い続けるが、もはや聞く気にもならなかった。
この人はいい人だ。しかし元妻の実家に預けた場合、最も子供達に影響のあるであろう元妻の母親をどうしても尊敬する気持ちになれなかった。
「子供を半分って・・」
その言い方さえ不愉快で、ただ黙って父親の言葉が終わるのを待った。

14
 賢治:04/05/13 07:45 ID:h/4JDMRk
「子供を手放す考えはないですね・・」
あたかも熟慮した言葉を口にするかのように・・
穏やかな口調ではっきりと伝えた。
だがその態度と裏腹に、胸中は漠然としていた。
子供と引き離される可能性に、引きちぎられそうな想いを感じたわけではない。あえて言うなら、あの場面ではそう答えるべきだと考えたのだ。それは保身の為であったのかもしれない。しかしその状況においても「親」として本能に目覚めきれない自分には、正直に幻滅していた。

15
 賢治:04/05/13 08:14 ID:h/4JDMRk
朝、目覚めるとまず洗濯機をまわしながら朝食の準備をする。
小学生組をまさに「叩き」起こして登校の用意をさせながら洗濯物を干す。小学生組が出払う直前に保育園組に朝食をとらせつつ、登園の準備をするのだが・・。お着替えをひと組下着をひと組、スプ-ンにフォ-ク、お箸とお椀にコップ、ハンカチとティッシュ・・・ ノ-トには昨晩の就寝時間、今朝の起床時間、朝食の内容、排便の有無を記入するのだ。
細かい愚痴を言えば、着替えと下着を各々上下たたむだけで四人分で毎朝16枚なのだ。一歳の末娘を背負い、三女の手を引きながら次女と四男坊を走らせて保育園へ届けるやいなや仕事場へ向かう。

とにもかくにも我が子八人との「父子家庭」生活が始まった。

16
 賢治:04/05/13 13:44 ID:gKazDDC2
「離婚届取りに行く時間ある?ちょっと忙しくなってん」
と電話が来たのはまだ生活に不慣れだった六月の半ば・・
「いいよ、じゃあ俺が取りに行って先に記入しとくよ」
「そう、ゴメンね頼むわぁ」

世代が違うのか個人の認識なのか「戸籍を汚す」事にさほどの抵抗もなかった。戸籍窓口に行くと丁度幸せそうなカップルが婚姻届をとりに来ていた。
「すいません、婚姻届を頂きたいんですけども」
その一声を発する役目を担ったのは女性の方だった。
「おめでとうございます、少々お待ち下さい」
と、女性職員が応対した。
「なるほど婚姻届を希望する市民にはあの様な対応マニュアルがあるんだな・・」
そう思うと俄然自分への対応に期待が高まった。
「離婚届を希望した場合にどんな対応が・・・」
まさか「それは残念でしたね、少々・・」はあるまい。

17
 賢治:04/05/13 14:03 ID:gKazDDC2
「すいません、離婚届を下さい」
そう、先ほど幸せそうなカップルにこやかに応対した職員に申し出た。
「はい、少々お待ち下さい」
真顔ですっと立ち上がり書類を差し出すと
「記入方法はこちらに書いてありますので」
とサンプルのコピ-を一枚を重ねた。
その素っ気無さに悪戯心がおこり(悪い癖なのだが)
「あの、申し訳ありませんがもう一枚頂けませんか」
と言うと
「はぁ・・」
と言うので
「実はまだ、修羅場が済んでないもんですからもしかしたら破られるかもしれませんので」
「そうですか、じゃあもう一枚お持ちください」

どこまでも真顔で応対する女性職員であった。

18
 賢治:04/05/13 14:55 ID:gKazDDC2
離婚届作成に伴い謄本をとり寄せてみると、奇しくも入籍の事実も六月中旬と記載されていた。披露宴は三月に執り行い、と同時に結婚生活を始めた。無論記念日も同様であったがその際に妻の母親から
「入籍の判断は私にまかせやね結婚はしたわすぐに別れたわじゃあ、戸籍が汚れるだけやからね」
そう言われた事を思いだした。思えば最初から「添い遂げる」可能性に擬ありとするこの人の下、始まった結婚生活であった。

19
 賢治:04/05/13 15:11 ID:gKazDDC2
「あんたはこんなもんばっかり食べて育ったやろぉ」
台所に立っていると突如訪問した妻の母親は
「お母さんも食べますか」
そう言って差し出したお椀の中を覗いてそう言った。
ひっつみ(すいとん)は子供の頃私の好物であったと同時に、それを食する事は今や故郷を思う一つの術でもあった。
「おばあちゃんも食べなよ、おいしいよ」
そういう孫の声に
「いらへんいらへん・・おばあちゃんな、そんなんよう食べへんねん」
そう顔をしかめて言った。
「あんたは育ちが悪いから」
「家の格が違う」
「あんたは品がないから」
どれだけこの人に言われた事だろう。

20
 賢治:04/05/13 17:18 ID:gKazDDC2
通代の母親の話は枚挙にいとまがない。
そういう意味では、通代との結婚生活においても同様である。
また、そのひとつひとつを列挙する事はその労もさる事ながらその労を上まわる不愉快な想いがある為省略をする。

離婚も成立し制度上は全くの他人であるが、元より彼女の一人相撲で展開した成り行きであるのだ。通代が家を出て三ヶ月余りが過ぎた頃・・・ 修羅場を演じて離婚した理由でもなく憎くもない元妻の通代の住まいを訪ねてみる事にした。
そこには・・・ それまでは離婚に際してさほど「我が身を削る」想いもしなかった私に、あまりに厳しい現実が待っていた。

21
 賢治:04/05/14 09:28 ID:2cLMr8uP
通代が水商売に生活の基盤を見いだした事はさほど驚きではなくむしろ予測の範囲だった。当然帰りは真夜中になるというので一時をまわってから家をでた。突然の訪問ではあるが
「どうせ飲んでばかりでロクな物食べてないんだろ」
という大義を繕う用意があった。今晩は早い時間からそのつもりで、夕食用の餃子を多めに包んでおいて持って来た。通代の好物でもある。
「一人暮らしも寂しくなって来た頃であろう・・元夫のこの、はからいに感激する筈だ」
私には明らかに、そういうもくろみがあった。
いや、そのもくろみが強かったと言おう。

22
 賢治:04/05/14 09:47 ID:2cLMr8uP
ドアのノブに手をかけ回すとカギは開いていた。
「こんな時間にカギが開いてる」
そう思ったが、それは突然の訪問を演出するには有り難い程好都合である。そっと覗くと左手にキッチン、右手にバス、中央の廊下の奥にドアがあった。一歩玄関に踏み入った時、初めてそこに男性用の靴がある事に気づいた・・。
と同時に、奥のドアの向こうから営み中の男女の声が無防備に聞こえて来た。明らかに通代のそれであった。

23
 賢治:04/05/14 13:18 ID:4OWsEWar
「仕方がない、通代と俺とはもう他人なんだ」
家を出て三ヶ月も経ち、通代には職場というあらたな出会いの場もあったのだ。既にその様な存在があっても突拍子もなくおかしくはないのだ。流れる涙を拭きもせず泣いた初めて己の浅はかさに悔し泣いた。
「通代を手放したくはなかった」
そうはっきりとそして強く自覚した。

家を出るという妻に対して、夫婦の間の「駆け引き論」を念頭に置く浅はかな男である。
「どうせ直ぐに戻ってくる」
どこまでもそんな見当違いが邪魔をした。
どれぐらい後悔しても遅いのだ・・・私は幼い子供の様に泣いた。

24
 賢治:04/05/14 15:51 ID:6s8gmoPp
例えようのない感情の波が、押し寄せては私自身を押し潰した。
「あ、あ、あ、あ、う、うう・・・」
ちっぽけな男が、声にならない声をこらえきれずに漏らして泣いた。
歯を喰い縛ってしゃくり上げると、鼻の奥を削られるような痛みがはしった。つらさが短時間で限界に達し思考回路を占領すると
「まあいい、しょうがない」
一瞬、そう思おうとするが直にまた堪えきれない感情が襲う。
繰り返す中、永遠に続くかとも思われた夜が明けた。

子供達のはしゃぐ声を背に朝食の準備をしながら・・
「すまない・・」

かろうじて維持する理性が、今度は子供達に申し訳なく思わせ涙を流させた。

25
 賢治:04/05/15 08:35 ID:ZkbZgo8n
通代が誰かに抱かれているという事実をあれ以上に残酷に告知される事はない。しかしそれをまた知らぬ当人からは極々普通に連絡がある。
「今度の日曜は暇やから、一日子供みとるであんた少しゆっくりしいやぁ」
子供と離れて生活する中での心境の変化か・・・
意外な申し出に応える事にしたが、しっかりと化粧をを施し派手目の服装の通代を直視する事は出来なかった。

26
 賢治:04/05/16 07:59 ID:II91w+6G
久々に自分の時間を持ち落ち着かない気分で家を出た。
とりあえず仕事場でゆっくりコ-ヒ-を飲みながら朝刊に目を通す。
近日中、頭を離れなかった悪夢がこの時間は意外にも霞んだ。

仕事場を出ると隣のパチ..店に入った。
チェーン店の中でも客入りは悪いが、妙に落ち着く場所であるのだ。
小一時間も経つと、ここまで使われなかった運が一挙に噴出したのか
どうか・・・・いつになく好調だ。
「こういう事もなきゃあな」
などと呑気な気分になり掛けた時、携帯が鳴った。
「早く帰って交代してぇ。とってもじゃあないけど疲れて面倒見切れへんわぁ」
今日一日、子供の世話をすると言った通代からそう連絡があったのは私が家を出て、まだわずか二時間余りの事だった。

27
 賢治:04/05/18 08:23 ID:/ECRmqr9
通代に男がいたのが実は私の妻であった頃からと知ったのは・・・それから間もなくであったが、それさえも霞む衝撃が私の平静を揺さぶった。

「森上さんのお宅ですか、焼津警察署ですが・・」
通代が飲酒運転の上、人身事故を起こしたというのだ。
「それもね人をはねた後、逃げてるんですよ」
お宅の奥さんが・・・という警察官の言葉が気に掛かったがとりあえず聞き流した。
「すいません、通代と代わって頂けますか」

「お前、俺の女房だって名乗ったのか?」
「だってこんなん、私一人じゃあ何とも出来んじゃん」
「私一人ってお前、・・・男がいるんだろ!?」
「え・・・・」

28
 賢治:04/05/18 08:54 ID:/ECRmqr9
翌日、通代が仕事をあがった後に会う事になった。
午前1時の待ち合わせに、30分程遅れて現れた通代は本人の話通りどこから見てもホステスだった。
「仕事はちゃんと行ってるのか・・」
「うん嫌なお客もいるし、やんなっちゃう時もあるけどね」
「そうか・・」
仕事が終わった直後の通代と話をするのは、初めてではなかった。
その度に、疑問には思ったが口に出来なかった一言をためらいもあったが・・
「聞くけどさ・・・お前ホステスしてるって言うけど仕事帰りに会って酔ってた事ないけど、ホステスじゃなくて風で働いてるんじゃあないのか・・?」
と、一気に言葉にした。

29
 賢治:04/05/18 09:05 ID:/ECRmqr9
「わかったかぁ・・・私ね、上手になったんだよ」
大して悪びれるでもなく話す道代に、間をあけずに応えることで自分の動揺を隠した。
「そうだと思ったよ、でもさあ元亭主として言わせてもらうけどさ・・お前程度のテクで商売になるのか・・?」
うまく切り返したと思ったが次の通代の言葉に流石に表情がとまった。
「馬鹿だねあんた、女だっていうだけで商売にはならないんだよ・・最初はちゃんと、お店の上司とかで何度も練習するんだよ」

30
 賢治:04/05/18 09:39 ID:/ECRmqr9
「そうか役得だなあ、そいつら・・」
辛うじてそう流してから、慌ててニヤケ顔をつくった。

数ヶ月前まで夫婦であった二人の会話であろうか。
しかし元亭主である私に淡々と話す通代に怯む理由にはいかなかった。いや、その駆け引きに集中する事がその場をしのぐ唯一の手法だったのだ。後日、しばらく続く苦悩の日々を思えばよくぞこの場限りにしても、あの程度の動揺に押さえられたものだ。

31 賢治:04/05/18 13:33 ID:zUu1DFES
その後何かにつけ、保身の為にはあらゆる嘘をつき通そうとした通代が・・ 店で働いている事だけはアッサリと認めた。家を出る事も止めず、離婚届の提出も躊躇しなかった私の反応を伺ったのか・・いやそうではない。それからの通代は会う度に平気で仕事の話をするようになった。
「今日ねお客でK戦士のあの人来たよ」
などとはしゃいだり・・
「変なとこにマ-クつけたがるお客がいてさ」
と、まるで普通の職場での愚痴のようにつぶやいた。

私は元夫として・・・
どこまでも理解のある人間になりかったのだろうか。
それとも、つまらない意地の為に通代に対する未練を何処までも隠し通したかったのだろうか。

何れにしろ通代の風店勤めを放置した代償は、すぐに思い掛けない形で降りかかって来た。

32 賢治:04/05/18 13:53 ID:zUu1DFES
毎日午後6時になると、仕事を中断して保育園のお迎えに行った。
私は一日の時間の中でも、この時間が好きだった。
土手沿いに歩くその道は距離も程よかった。
なかなか、父親と一緒にいる間もない小学生組もよく、この散歩がてらのお迎えに参加した。歩きながら様々な話をする、学校の事、友達の事・・ 子供達が競うように、私と話したがる事も愉快で幸せだった。また、保育園組が・・迎えに参加してくれた小学生組に
「まな~!」
「しん~!」
と、名前を呼びながら嬉しそうに抱きついていく光景を見る事も親として幸せな瞬間であった。

33
 賢治:04/05/18 14:08 ID:zUu1DFES
そんなある日のお迎え・・
「森上さん、ちょっと・・・」
と、園の先生に呼び止められた。
「あの・・」
と一度はためらいながら
「お子さんのお母さんを、お母さんの職場で見掛けたという御父兄がいらっしゃるんですけど・・」
・・・・・・・と続けた。
物を持ってまわった口調に何を言わんとしているかが強調された。
「通代が風店で働いている事が見つかったのだ」
そう思うと血の気がひいた。

34
 賢治:04/05/18 14:18 ID:zUu1DFES
「お父さん、御存知だったんですか・・」
と聞かれたが
「いろいろと御迷惑をお掛けします」
と、頭を下げただけで直ぐにその場を離れた。


帰りの道々、足元ではしゃぐ子供達に上の空で返答をしながら・・・
胸がムカムカし、キュ-っと胃が締め付けられるような自分に大きな不安がよぎった。
「もう、限界かもしれない・・・」

36
 賢治:04/05/18 15:26 ID:zUu1DFES
いかに苦悶の日々であろうとも、その傍らで日常は存在し続ける。
五人の小学生と、三人の園児を抱えてのそれは立ち止まる事も許されなかった。確かに「離婚」という社会的にも子を持つ親としても望ましくない状況ではあった。

しかし、子供達に与える影響はやはり少しでも押さえたい・・
その想いだけで、子供と接する時だけは何事もないかの様に振る舞う事が出来た。只々、その存在の偉大さにあらためて感謝するのであった。

37
 賢治:04/05/18 16:00 ID:zUu1DFES
何度も、崩れそうになる気持ちを建て直し、しかし直ぐにまたその気持ちも途切れる。そんな繰り返しの中、またもや
「子供が出来たんやけど、どないしよ」
「あの男、働かへんし子供産んでもやっていけるか解からん」
この頃はもう、一緒に住んでいる男の存在を認めていたが・・
私と夫婦であった時からの不倫を知られたくないが為、最初に問うた時は嘘に嘘を重ねて否定した通代からの一報であった。

39 賢治:04/05/18 18:41 ID:mP/DaeuY
「そんな奴のとこで子供産んだって不安だろ・・俺んとこ戻って産んだらどうだ?俺んとこで俺の子としてそだてりゃあいいよ」
自分でも驚くほど素直に言葉が出た。
「本当に戻っていいの? ありがとう!」
「うん、俺もお前が出て行ってからちょっと物足りなくてさ・・ こんな気持ちでいるより、戻って来るつもりがあるんなら戻ってもらった方がいいや。」
「うん、うん・・・」
そう答える通代の声が震えた。

「これでいい、これでよかったんだ・・子供は誰の子だって通代が産むんだから俺の子供と血を分けた兄妹だ、関係ない」
そう思うと目の前がパッと明るくなった。

40
 賢治:04/05/19 09:08 ID:g9qO1eWv
これで万事が上手くおさまる、そういう思いがあった。
不倫のあげくに出て行った通代をまた迎い入れる、しかもその相手の子供も実子として育てる決意であるのだ・・。
「男つくって逃げた女房を家に入れるのか」
などと揶揄する輩もあろうが、この度量の前にはとるに足らない。
誰が私を責められようか、と揚々だった。

通代が出て以来、どれだけ惨めに涙を流したかなど誰に推し量られようもないのだ。

41
 賢治:04/05/19 10:01 ID:g9qO1eWv
通代は帰って来る、そのお腹には生命が宿っているのだ。
そう思うとその子はもう、既に私の子供なのだ。
沸々と嬉しさがこみ上げた。

通代と暮らした十年に満たない時間の中で八人の子供が産まれた。
だが実は九人目の子供も妊娠していたのだ。
しかしこの世に出してやる事が出来ず、生涯忘れ得ぬキズを負った。
そのキズさえも癒えるのではと感謝した・・。

42 賢治:04/05/19 10:21 ID:g9qO1eWv
早速、細かい話を詰めなければならない。
通代の気持ちはともかく相手の男の事もあるのだ。
子供の誕生と復籍を考えればそれは早いに越した事はない。翌日、仕事の昼休みに通代のマンションに向かった、気分は軽かった。聞いておいた暗証番号を押すとドアを開け、そっと中に入った。復縁がまとまり電話を置いたのが午前二時過ぎ・・
確実に通代はまだ寝ているブランチでも用意してから起こせばいい。
確認すべく部屋のドアをそっと開けるとそこには男と重なり、正に最中の通代の姿があった。

45
 賢治:04/05/19 11:00 ID:g9qO1eWv
「お前等、この野郎!」
私の声と同時飛び上がった二人は慌てて布団で身体を隠そうとした。
「いいから起きてここに座れ!」
並べて正座さた二人の身体はまだ火照っていた。
「お前なぁ、昨日の電話は何だったんだよ!」
と通代に詰め寄ると男が動こうとした。
「かばうんじゃあねえ!座ってろ!」
そう牽制すると通代の肩口を蹴りあげた。
「昼間っから・・犬っころかお前等ぁ」

46
 賢治:04/05/19 11:13 ID:g9qO1eWv
「大体、お前もなあ・・」
と言いながら足先で男をこずくと
「やめてよ!」
念を押すような言い回しで通代が怒鳴った。私に牽制され、動こうとしなくなったこの男を通代は正面からかばった。
「別れ話は済んだんだよ、あんたんとこに帰るって言ったら良かったねって言ってくれたんだよ!」
「何言ってんだ馬鹿野郎!じゃあこれは何なんだよ」
顎で状況を指しまわすと・・
「だから・・お別れの前に最後にもう一回、って・・」
            ・・・・・男は相変わらず無言だった。

47
 賢治:04/05/19 13:24 ID:g9qO1eWv
「あのなぁ、お前等も嫌になって別れるんやないで気持ちは解るけどな、俺に知られた以上復縁の話はチャラやで」
裸のまま並ぶこの二人に当然の宣告と思ったが
「なんでぇ!また一緒に暮らすって言ったやん!」
と通代が叫んだ。
「アホかぁ!こんなん見しといて何でや言うのがおかしいわぁ!」
それでも通代は
「一緒に暮らすって言うたやん、あれウソかぁ?なぁなぁ、一緒に暮らすって言うたやん!」
と悪びれるでもなく言い寄った。

48
 賢治:04/05/19 15:24 ID:g9qO1eWv
通代の、一切常識や観念の通じない所には一緒の頃から本当に往生した。新婚三ヶ月の頃に風で働かれた時には私の理解の範囲を遙かに越えた出来事にのたうち回って苦しんだ。
子供が出来てからも、私が会議で終日出掛けるとその間一切子供に食事を与えない母親であった。家事は全く手をつけず我が家の経済がいかに苦しくても親から貰ったお金で酒を買い肴を買い、晩酌をする毎日だった。私の稼ぎからの支出ではなく文句を言う事はしなかったがその事で度々子供達につらい思いをさせる事があった。

49
 賢治:04/05/19 15:32 ID:g9qO1eWv
ある日朝食を作っていると長女が起き抜けに・・
「昨日うちにお刺身あったの?」
と言う。
「電話も止まってるのにお刺身なんてないよ!」
「だって、テレビんとこにお刺身食べたあとがあったよ」
見に行くと明らかにその通り、昨夜通代の晩酌時の痕跡がハッキリとあった。

「いいなぁ、愛代もお刺身食べたかったなあ」
娘は何の思いもなく言うのだが、それをしてやれない親はつらかった。

50
 賢治:04/05/19 15:47 ID:g9qO1eWv
子供が夜中にふと目を覚ますと通代が一人でボリボリお菓子を食べている姿をよく見たそうだ。目でも合おうものなら・・
「人が物を食べてるのをジッ見るんじゃあないの!早く寝なさい!」
と怒鳴られたという。
「ひっでぇ母ちゃんだったなあ」
と今でも次男が笑って話すが、当時そんな話を聞くと切なかった。
食べ物の事は小さな子供にはむごいましてや普段充分に与えている家でもない。その都度注意をするのだが、通代の態度は何時も一緒だった。
「解ったって!子供にもやればいいんでしょ!」

53
 賢治:04/05/19 22:52 ID:jEdCqUHr
一度は成り行き掛けた復縁の話ももう私には興味のないものになっていた。しかし、復縁話のきっかけとなった通代のお腹の子にはそう簡単に興味を失う理由にはいかなかった。
私の元へ帰る事が難しくなったとみるや、通代と、相手との間でお腹の子を堕胎すべきという話が持ち上がっていたからである。二人の問題であり二人で考えるべき事ではあるが・・ その論点が、小さな生命を存続するや否やでありそれが正に、二人の判断に委ねられている事が理不尽でたまらなかった。

54
 賢治:04/05/19 23:15 ID:jEdCqUHr
一度頷いた為に、その後何度も復縁をせまる通代に
「じゃあさ、俺達の九人目の子・・ダメになっちゃったの何月の何日だった?」
と聞いた事がある。
「もし覚えていてくれたら復縁の話、もう一度考えてもいいよ」
そう付け加えたが、復縁してもいいと言い切らなかったのはもしかしたら覚えているかもと思ったからである。その一方、私に復縁の意志はないがこれは覚えていて欲しいという思いもあった。
現在目の前に存在する私達の子供と何等変わる事のない私達の子供だったのだから・・

55
 賢治:04/05/19 23:27 ID:jEdCqUHr
「ええとね・・あれは11月のね・・ええとねぇえ・・」
「もう、いいよ!」
「何でやぁ、まだ言うてないやん」
通代はその月さえも覚えてはいなかった。
「もう一回、もう一回チャンス頂戴!もう一回言わしてぇな!」
と、まるでクイズにでも答えるように悔しがる通代にもう何も期待をするのは無駄だと思い知った。あの日私はどれだけ悲しかったか。
「男だったのだろうか、女だったのだろうか・・どんな顔をした子だったのだろう」
そう思うと耐え切れなかった、やり切れなかった。

56
 賢治:04/05/19 23:47 ID:jEdCqUHr
「あんたら、子供はもう止めやあ!」
「子沢山は貧乏人の象徴や!世間様に恥ずかしいわ」
何度もそう言われながらも八人年子で出来、産まれてくれた。家族計画という言葉自体が気に入らなかった。家族を計画的につくるなんて発想が不愉快だった。それでも生活はして行かなければならない、その葛藤の中で結婚9年目にして初めて避妊し始めた矢先、弱気になった私を蹴飛ばすように出来た子供だった・・
それだけに、嬉しさも尋常ではなかった。
一応気を使ったにも関わらず出来たという堂々とした言い訳もあるのだ。

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