前編 後編

607: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/01/07 02:01:11
初めてした会話のスレで気が向いたらこっちでkwskと言われてたので、 
正月休みにkwsk書いてみた。んで、ちょっとお邪魔させてくれ





608: 607 2013/01/07 02:01:47
その頃引越した街には、なかなか広くて設備も新しい図書館があって、 
そこはタダで静かで空調も快適だったから、当時なんちゃってミステリ 
ファンの大学生だった俺は、金が無い時の暇潰しに良く使っていた。 

通い始めて三ヶ月くらいの頃だったか、借りた本に栞が挟みっぱなしに 
なってるのを見つけた。レース編みの手作りっぽいかわいい栞は、当時 
編み物の知識も興味も全く無かった俺ですら解るくらい手が込んでいて、 
そのまま放置するにはもったいないクオリティだった。 

これはきっと、俺以前に本を借りた誰かが挟んだまま返却してしまった 
物だろうと考えた俺は、できればその誰かに返してあげたいんですがと 
司書さんにお願いした。その時が彼女との初対面。 
愛想よく「お預かりします」と答えた笑顔がいかにも仕事できます的な 
余裕たっぷりで頼もしかったから、この人に預ければきっと大丈夫って、 
ちゃんと栞は持ち主の手に戻るって、俺は根拠も無くそう思った。 

後で聞いてみれば、彼女がその図書館に勤め始めたのは、俺が引越して 
くるずっと前だったそうで。だから、当然既に何度か顔も合わせてた筈 
なのに、それ以前は存在が全く印象に残ってなかった。 
黙ってるとクールな感じだが、話すと実は物腰が柔らかく表情豊かで、 
見た目は清潔感のあるメガネの文系タイプっていう、それこそ思い切り 
俺の趣味ど真ん中な人だったんだけどね。

609: 607 2013/01/0702:02:59
さて、忘れ物を預けたこと自体すっかり忘れた一ヵ月後くらい、久々に 
行った図書館で彼女に呼び止められた。 
「あの栞、ちゃんとお返ししておきました」 
「あー、ありがとうございます」 
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」 
見た目クールだけど実は表情豊かな人だって事には、この時気づいた。 

ニコニコ笑ったその時の笑顔は、愛想笑いでも一ヶ月前に話した時の 
いかにも仕事できるっぽい頼もしい笑顔でもなくて、何というか子供が 
誕生日プレゼントの包みを開く時の嬉しそうな顔というか、貧弱な俺の 
語彙ではちっとも表現できない、とにかくすごく可愛い笑顔だった。 

取り敢えずきっかけなんてそんなもんで充分だった。 
ゲンキンなもので、今までその存在に気づいてすらいなかったくせに、 
今度は彼女が気になって気になってしょうがなくなった。 

たまに暇つぶしじゃなくて、調べものとかマジメな用事があって図書館 
に行った帰り道だとかに、ちゃんと目的は果たせているのになんとなく 
物足りなさを感じていたり、あるいはガッカリしてる自分に気づいて、 
そういえば今日はあの司書さんいなかったなーって思ったりしてね。


610: 607 2013/01/07 02:04:16
それからまただいたい一ヶ月の間、仲良くなりたい一心で、暇つぶしが 
目的だった筈の図書館にわざわざ時間を作っては通い詰めて、それで 
何ができる様になったかといえば、仕事の邪魔にならない程度の本当に 
ささやかな世間話だけ。それも貸し出しや返却のついでにカウンターで 
という、彼女にしてみればそもそも誰が相手でもある程度会話せざるを 
得ない状況の時のみ。まだちゃんと名前すら聞けてない。 

別にそれまで女の子と付き合った経験が無かったって訳じゃない。でも、 
彼女相手だと何故かとんでもなく緊張してしまい、会話が続かなかった。 
自己嫌悪で凹んだね、激しく。それでも諦めなかったけどさ。 

で、諦めなかった甲斐があって、そんな状態からでも更に二ヶ月くらい 
経つ頃には、もう少し彼女のことを知ることができていた。 

本好きが高じて司書になるくらいの読書家だけど、特にミステリとSFが 
好きで、アガサ・クリスティとP.D.ジェイムズのファンだということ。 

彼女が本好きになるきっかけは、子供の頃、両親の仕事の関係で海外に 
住んでいた時に読んだ『いさましいちびのトースター』という本で、 
これはお気に入りだったのに、日本に帰ってくる時に引越しのドサクサ 
に紛れて無くしてしまっていて、それを今でも残念に思っていること。 

あとついでに、これが一番重要なポイント、どうやら今付き合っている 
相手はいないらしいということ。 
もしかしたら俺にもチャンスがあるのかも知れないって、そう思った。


611: 607 2013/01/07 02:05:23
時間をかけてほんの少しずつ。自分でもちょっと笑えるくらい少しずつ 
距離を縮めて、世間話と雑談の他に、小説家の名言や作品の台詞を引用 
して元ネタを当てるささやかなゲームなんかができる様になる頃には、 
初めて話してからもう半年以上経っていた。 

貸出しを頼めば同じ作家のお勧めについて、返却に行けばちょっとした 
感想や印象的な表現について。それから大学で使う資料の相談をすれば、 
「何かお役に立てることがありましょうか?フィールディングさん」 
「えーっと、それは『女には向かない職業』ですね」 
お勧めや感想はともかく、元ネタ当てゲームなんか出し合ったところで、 
引き出しの多い彼女と違って俺の正答率なんか二割位で散々だったけど、 
そういうちょっとしたやり取りが楽しくて、嬉しかった。


612: 607 2013/01/07 02:06:36
さて、それからまたしばらく経って十二月。 
仕事の合間のちょっとしたお喋り程度だったら彼女も楽しそうに見えた。 
だから、冷静に、客観的に考えて、取り敢えず嫌われてるって事は無い 
のでは?とは思った。鬱陶しがられてもいない筈。 
でもその頃に至っても、まだ仕事中以外彼女と会った事もなかったから、 
図書館の外に誘える関係になるために、その日はアイテムを用意した。 

『いさましいちびのトースター』 
オリジナルの原書で初版。きっと彼女が子供の頃読んだのはこれだろう。 
ちょっと良い値段したけれど、これをきっかけにもっと仲良くなれれば、 
こんなのは安い買い物だ。そう思った。 
「たまたま本屋で見つけて、つい買っちゃったんですよ」 
とでも言っておけば、クリスマスシーズンだしそんなに引かれるほど 
重いプレゼントではない筈だって逃げ道も作った。 
我ながらチキンでヘタレだなと今でも思うけど、何故か彼女が相手だと 
一歩踏み出すのが怖く怖くて、どうしようも無かった。


614: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/01/07 06:52:06
待ってます


616: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/01/07 10:22:14
wktk


617: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/01/08 01:01:16
これはいい話の予感


引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1339557912/


前編 後編






1000: 名無し@HOME