前編 後編

1: 名も無き被検体774号2016/10/06(木) 01:00:30.39 ID:eSvxMTga
書くので聞いてください





3: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:02:21.90 ID:czimK9Bb
暇やしどうぞ

4: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:03:42.25 ID:eSvxMTga
まちがえた、読んでください 

僕の両親は中卒 
父と母は中学卒業と同時に同棲を開始、翌年結婚 
兄が生まれ次の年に僕が生まれた 

両親はまだ若いし中卒だしで収入が不安定だったので 
兄は2~3歳くらいの間、田舎に住む母方の祖父母が引き取られていた 
僕は東京で父と母と暮らしていた

6: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:05:11.93 ID:bLbyIZCh
男は結婚18からじゃなかったっけ

8: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:09:06.18 ID:eSvxMTga
>>6 
ごめん、翌年じゃないな 
結婚の翌年に兄が生まれたって書こうとして変なふうになってしまった

7: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:08:00.14 ID:eSvxMTga
僕が2歳になって母も働き始めた 
その頃、兄も東京の家に帰ってきていた 
母が働くので僕と兄は保育園へ預けられた 

僕は小さい頃からよく眠る子供だった 
「お前がお腹にいる時、母は寝てばっかりいたからお前も似たんだろう」 
母の姉(僕にとっての叔母)はそう言っていた 
だから僕は朝、保育園に行くために起きることが苦手だった 
朝が弱いとかではなく何をしても起きない 
これは今でもそう 
どれだけ長い間大音量で目覚ましをかけようとその音が聞こえないのだ 
目が覚めているけど起きないのではなく目覚ましが聞こえない 
休日は半日以上寝てることもある 
とにかく1度寝たら起きない性質は幼い頃からのものだった 

そのため毎朝母は僕を物理的に布団から引っ張りだしていた

9: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:09:46.78 ID:czimK9Bb
ほうほう

10: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:13:56.67 ID:eSvxMTga
しかし年子の兄弟を朝保育園へ送り、自分も仕事に行く準備をしないといけないのは大変だ 

ある日僕は家に置いていかれた 
たぶんなかなか起きないので保育園には休ませると連絡を入れ、兄だけを保育園へ送ったのだろう 

朝(というか昼くらい)に目覚めると家には誰もいなかった 
僕は「ああ、起きないから置いていかれたのか」と一瞬で状況を理解し、次の瞬間には保育園へ持っていくカバンを持って家を出て1人で保育園へと向かった 

当時住んでいた家から保育園へは毎朝母が自転車で送っていた 
僕を前の椅子、兄を後ろの椅子に乗せて片道15分くらいだったと思う 
母の体力もすごい 

後に大人が自転車で15分かかる道を保育園児が歩いたのも驚きだけど 
毎朝自転車でそれなりのスピードで通り過ぎる道をよく覚えていたものだ、と関心された

11: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:17:06.65 ID:eSvxMTga
何分歩いたか、とかは全く覚えていないがとにかく無事に保育園にたどり着いた 
不思議と道には迷わなかった 

しかし保育園に到着すると先生たちが驚いた 
「え!?今日お休みじゃないの!?」 
「ひとりで来たの!?」 
僕は朝起きたら家に誰もいなかったからひとりで来たことを伝えた 

先生には「もうひとりで保育園に来ちゃダメだよ」 
と言われた 

この話は保育園の先生にとっても衝撃的だったようで卒園式のときにも蒸し返された 
大人になった今でも母がこのエピソードを口にする

12: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:20:23.98 ID:eSvxMTga
そんな訳でちょっとおかしい子扱いだったのかもしれない 

他にも保育園のクリスマス会で手話で「真っ赤なお鼻のトナカイさん」をやることになったときも 
僕は手話をひととおり見ただけで全て覚え出来るようになった 

先生もびっくりしていた 
それで下の年次の組に手話を教えに行けと先生に言われ、年下の子たちの前で真っ赤なお鼻のトナカイさんをひたすらやらされた

13: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:24:00.94 ID:eSvxMTga
とにかく記憶力が良かったのかな 
1度読んだ本もすぐに暗記して諳んじることが出来た 

テレビのCMもすぐに覚えて変なセリフもよく真似していて周りの大人を凍りつかせたこともある 

そしてひとつ上の兄の卒園式では「贈る言葉」みたいな卒園おめでとう、的なものを暗記させられて発表した 

ひとりで5分くらい喋ってたから 
だんだん保護者がザワザワしだしたのを覚えてる 
それで不安になって先生の方を見たら「大丈夫だよ」と目で合図してくれて安心してもう5分喋った 
終わってからシーンてなって「すごーい!」って拍手が起こったのが幼いながらに嬉しかった

14: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:26:21.92 ID:eSvxMTga
翌年の自分の卒園式でも同じように10分くらいのセリフを喋った 
練習のとき去年のセリフをまんま覚えていて喋ったら園長先生にドン引きされた 
「怖い」って言ってた 

で、自分の時の卒園式でも10分喋り続けて拍手喝采 
母は周りの保護者から話しかけられまくっててちょっと大変そうだった

15: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:29:53.64 ID:eSvxMTga
というのも母は他のお母さんたちより若かったし 
今で言うヤンママみたいな感じだったので「あの母親からこんな子供が……」みたいな衝撃があったんだと思う 

僕はとても記憶力が良かったけど特別な教育は受けてなかった 
よくある幼児教育とかは何もない 
習い事もしていなかった 
兄も記憶力がよくて世界の国旗と国名を覚えていたり 
録画した何百もある仮面ライダー、戦隊モノのビデオを順番に並び替えたりしていた

16: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:32:55.31 ID:eSvxMTga
母は教育には熱心ではなかったので僕と兄は地元の公立小学校へ進学した 

小1で国語の授業で「入学式の思い出」みたいな作文を書いたとき 
僕の書いた作文が全校生徒に配布される学校便りに載った 

校長先生に「小1が書く文章とは思えない、素晴らしい」と絶賛された

17: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:32:55.91 ID:Yw6n/xVw
すごい!これが天才の文章か!感服!

18: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:38:55.36 ID:eSvxMTga
僕が小学校に入学する前、両親が離婚した 
僕と兄は母親に引き取られた 

生活が厳しくなったようでしばしば給食費や教材費を滞納していたらしい 
しかも母はヤンキーシングルマザー 
担任の先生から「生活で困ってることはないか」と心配されていた 

授業参観では僕の母は周りのお母さんたちより若かったしヤンキーだったし目立つ存在だった 

けど成績は良かったから中学受験を見据えて連日塾へ通いつめる子達より成績が良かったからそういう育ちの良い友達とも仲良くしてもらえた 

僕の小学校の成績は上から順に「よくできる」「できる」「もう少し頑張ろう」だったけど、僕は「よくできる」しか取ったことがなかった

20: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:42:40.53 ID:eSvxMTga
でも母は教育に興味がないので僕は地元の公立中学校へ進学した 

公立中学校だったけど中学受験で失敗した子達もちらほらいた 
もちろん成績の悪い人もたくさんいた 

僕の家は貧乏だったので塾には通ってなかったけど中学校でも成績は毎回トップだった 
で、こうなるといじめとはいわないけど妬みみたいなものも生まれてきて僕はクラスで浮いた存在になった


21: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:47:53.36 ID:eSvxMTga
クラスメイトとは話せないから僕は先生たちと話すことにした 

中学校でも相変わらず給食費や教材費を滞納していたので先生たちからは哀れまれてたのかもしれない 

僕は色んな先生のところにいって話をした 

僕が一番好きだったのは英語のマイケル先生 
マイケルはネイティブスピーカーで英語のコミュニケーションの授業を担当していた 
当時初めて英語を学ぶ僕には英語で話すことが楽しくて仕方なかった 

僕は休み時間になるとマイケルのところにいって英語で話しかけた 

違う言語が通じることが嬉しかった 
マイケルはユーモアのある人だった 
「日本語わかる?」と日本語できくと 
「no,I can't」と返してくるような 

それから僕はもっと英語でコミュニケーションできるようになりたい、と自分で英語を勉強するようになった

22: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:50:50.35 ID:eSvxMTga
初めのうちは頭の中で日本語に直しながら英語を聞いていたんだけど 
ある日いきなりマイケルの言ってることが英語のままで理解できるようになった 
そして自分の言いたいことも日本語を介さずスラスラ言えるようになった 

中3の頃にはマイケルと普通に会話をしていて他の先生から驚かれた

23: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:53:50.36 ID:eSvxMTga
そして中3のある日、英語の先生から東京都の英語スピーチ大会に出るよう薦められた 

その日からマイケルと英語のスピーチを作る日々が始まった 
僕はネイティブスピーカーではないし外国に行ったこともないので細かなニュアンスとか表現はマイケルに添削してもらった 
その時も会話は英語でしていたので周りの先生にはとても関心された 

で、僕は記憶力がとても良いことは前述の通りなので 
完成したその瞬間から諳んじることができてマイケルはぶったまげてた

24: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:55:48.31 ID:eSvxMTga
スピーチ大会ではそれなりの賞を獲得した 
僕は10分間のスピーチ中1度も原稿を見なかった 
というより原稿を持ち込んでいなかった 
審査員のおじさんに「君すごいね!」と言われた 

母もスピーチ大会に来てくれたが「何言ってるかさっぱり分からなかった!」と言われた 
そして相変わらず金髪の若いヤンキーは目立っていた

25: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 01:59:48.77 ID:eSvxMTga
中3というと高校受験だけど僕は貧乏で塾には通わなかった 
しかも貧乏だから公立高校しか選択肢はなかった 

母はやっぱり教育に興味はなかったので「働くなら商業高校オススメ!」と商業高校を推していた 
でも東京にある商業高校って偏差値低いところばっかりだから学校の先生は「商業高校なんて勿体ない!」と真っ向から対立 

僕は家が貧乏だし働こうかなと思っていたので商業高校へ進学を考えていた

26: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:00:20.01 ID:wa11D2oe
みてるよ

29: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:07:06.08 ID:eSvxMTga
この頃僕は貧乏なことが本当に嫌だった 
僕の住んでいる地域の中学校は夏休みに海外留学できる制度があった 
僕は英語が大好きだったのと自分の英語がどれだけ通用するのか試したくて留学に手をあげた 

しかし学年主任のおばさん先生に 
「言いにくいんだけど、君の家、給食費とかも滞納してるし留学はタダじゃない。留学に出せるお金があるなら給食費払ってもらいたい」と言われ、留学の夢は叶わなかった 

僕は泣いた 
その日午後からの授業があったけどずっと図書室で泣いていた

30: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:10:31.46 ID:eSvxMTga
見てくれている人ありがとう 

そんなことがあり僕はひどく傷ついていた 
もう貧乏は嫌だ、早くお金を稼ぎたい!とそればかり考えていた 
だから三者面談で僕は商業高校に行くと伝えていた 

しかし商業高校で一番偏差値の高いところでも僕の偏差値とは何十も離れていたから担任の先生はいい顔をしなかった 
「本当にそれでいいの?」何回も聞かれた 
「僕の家、お金無いから」 
担任の先生にはそう答えていた 
先生はそう言われると何も返せないようで深刻そうな顔をして 
「そっか」と返してきた

31: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:17:51.18 ID:eSvxMTga
ある日僕が職員室の側でマイケルと雑談していると学年主任のおばさん先生に声をかけられた 

「留学のこと、ごめんね」 
おばさん先生にそう言われるとあの時の嫌な記憶が蘇ってまた泣きそうになった 
「たしかに君の家が苦しいのはわかってる。そのせいで君がつらい思いをしたこともわかってる。けどお金を理由に教育を諦めないで」 
おばさん先生はちょっと泣きそうだった 
「君には才能がある。君が良い高校に行って良い大学にいけば、今商業高校に行くよりきっといい未来があるはずなの」 
「だから進学のこと考えてみてくれないかな?」 
おばさん先生はこんなことを言っていた 

「お金を理由に諦めるな」という言葉がすごく心に突き刺さった

32: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:22:43.05 ID:eSvxMTga
僕の両親は中卒だから大学進学なんて選択肢は全く考えていなかった 
けど大学にいけば留学や中卒よりお金を稼げる仕事に就ける 

僕は普通科への進学を決心した 

そこから僕は猛勉強した 
塾には通えなかったので学校の先生を捕まえて作文を見てもらったりした 

母は普通科に行くと決めると少し驚いていたけど「やりたいようにしなさい」と言ってくれた 
ただし偏差値とかはさっぱり分かっていないので僕の成績を見ても「ふーん」という感じだった

33: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:27:07.73 ID:eSvxMTga
受験シーズンが近づいてくると同じようなレベルを目指すクラスメイトと少しずつ仲良くなった 
模試の結果を見せあったり難しい問題を教えあったりした 

マイケルとは相変わらず話していた 
僕は大学に進学して留学したいと常々話していた 
マイケルに夢を語ることで受験の息抜きになっていた 

勉強の甲斐あって僕は進学校に合格した 
「塾に行かずに〇〇高校に合格した」ってことで学校のヒーローみたいになっていた 
マイケルも喜んでくれた 

母だけは「〇〇高校ってすごいの?」みたいな感じで相変わらずだった

34: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:27:57.78 ID:oznT+Wru
サヴァンだな
【サヴァン症候群】
サヴァン症候群とは、知的障害や発達障害などのある者のうち、
ごく特定の分野に限って優れた能力を発揮する者の症状を指す。

79:名も無き被検体774号2016/10/06(木) 20:43:25.79 ID:eSvxMTga
>>34
サヴァン症候群、特に指摘されたことはないんだけど僕の能力も当てはまるところはありますね

35: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:31:08.21 ID:eSvxMTga
しかしそんな栄光の高校受験が終わり、高校時代に入ると暗黒時代になった 
人生で初めて挫折を味わった 

というのも公立高校とはいえ有名塾に通ったり家庭教師をつけて猛勉強の末に入学してきた人が多く、周りはお金持ちのお坊ちゃんお嬢様ばかりだった 

「世の中にはとんでもない金持ちがいるんだなあ」と思いコンプレックスに苦しんだ

36: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:32:58.90 ID:eSvxMTga
相変わらず教材費を滞納していて 
けど周りはお金持ちばかりで滞納する人は皆無だったので担任の先生につらく当たられた 
僕は部活に入っていたんだけど 
「金がないなら部活なんてやらないで働け!」と言われたこともある 

お金がないと何も出来ないのか、とまたしても絶望した

37: 名も無き被検体774号 2016/10/06(木) 02:35:10.36 ID:eSvxMTga
僕は次第に学校に行かなくなった 
担任に辛く当たられるのも 
周りの人と比べてしまうのも辛かった 
しかし苦労して働く母に「家が貧乏なことでつらい」とは言えなかった 

しかし母は「行きたくなったらいけばいい」と言っていた 
後から知ったんだが、担任は母にも毎日「金払え!」と半ば恐喝のような電話をしていた


前編 後編

引用元:http://kisslog2.com/archives/50390568.html







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